大学受験物語②

今日は5月8日。
5(ご)と8(や)の語呂合わせで、「ゴーヤーの日」だそうです。
沖縄原産のゴーヤも5月を境に出荷が増えるとのこと。
栄養効果の高いゴーヤは、健康にとてもよい野菜で、ゴーヤチャンプルは私も大好きな料理です。

さて、昨日に続いて、34年前の私の大学受験のことについて書きたいと思います。
苦労せずして第一志望大学へ進学するという私の目論見は、校内選考を通過できなかった時点で儚く散りました。
にもかかわらず受験勉強を全くしていなかった私には、指定校推薦での大学進学しか選択肢がなく、続く第二回目の校内選考に挑みました。
第一志望はすでにリストから無くなっていましたが、第二志望の大学はまだリストに残っていました。
評定の高い生徒は、最初の選考でおおむね進路先が決まっていたので、2回目にトライする生徒は限られていました。
さすがに次は大丈夫だろう・・・と、自分はもちろん担任からも太鼓判を押されたので、第二志望の大学の校内選考にエントリーしました。
待つこと1週間。
今度こそ選考確実と思っていたところが、私の評定をわずか0.1ポイント上回る生徒がいたというのです!?。
担任からそのことを聞いた私は、奈落の底に突き落とされた気分でした。

周りが受験勉強に燃える中、指定校推薦を考える少数派の代表格となっていた私ですが、10月時点で進路が全くの白紙状態になってしまったのです。
しかし、教員免許を取るためにはどうしても大学へ行かなければなりません。
そこから私の本当の受験勉強が始まりました。
指定校推薦は逃しましたが、第一志望、第二志望の大学は譲れません。
しかも、英文科または英語学科でないと私の夢は叶いません。
選択肢は絞られました。
さらに、1つ違いの妹がいたため、どうしても現役で大学へ進学しなければなりません。
そこからは、本当に地獄のような日々でした。
朝昼晩の食事、入浴、睡眠時間以外は本当に机に向かっていました。
学校がない日は一日15時間を最低時間と決め、大げさでなく睡眠と食事時間以外はずーーーーっと勉強していました。
今、52年間の人生を振り返っても、あれほど勉強したと胸を張って言えるのは、高校3年生のあの時だけです。
自慢でも何でも無く、本当に勉強しました。
そして、その時重ねた努力が、自分の経験値を高め、ちょっとやそっとではぶれない自分の強さを身につけることができました。
あの時、楽な道を選んでいたら、今の自分は無かったと自信を持って言うことができます。
不安な気持ちを抱えながら、大学入試突破のために努力を重ねたあの日々は、間違いなく私の中で、とてもとても大きな財産になっています。
最終的な結果としては、残念ながら第一志望の大学だけは不合格となりました。
しかし、合格した大学の中から、第二志望の大学に合格することができました。
もちろん、進学を決めた大学は、指定校推薦の校内選考で破れた大学です。
学部は残念ながら英語学科ではなく英文科になってしまいましたが、英語の教員免許を取得できることに変わりはありません。
大学受験では、楽をして進学することしか考えていなかった私が、結果的に一番勉強することになってしまいました。
「勉強しなければ、大学へは進学できない」というごく当たり前のことを、身をもって味わうことになってしまいました。
そして、その時の経験があったからこそ、その後のキャリアで壁にぶつかっても、自分で切り開くという習慣が身につき、現在に至っています。
私にとっての受験勉強期間は、最後に必死に勉強しただけなので、せいぜい3ヶ月といったところです。
計画的かつ集中して、早くから受験勉強に取り組んできた人には本当に申し訳ないくらい、付け焼き刃の受験勉強でしたが、最後の最後まであきらめずに努力した結果、何とか最後の最後で合格を勝ち取ることができました。
今思えば、本当に危うい受験勉強だったと思いますが、その時持っていた全ての時間と労力をそこに注ぎました。
そして、それこそが今の私の自信の源になっています。
人間万事塞翁が馬。
努力は嘘をつかない。
私は、この言葉を信じています。

これから受験を控えている皆さん、周囲の声に惑わされず、今できることに全力で臨んでください。
そして、その努力が結果につながらなかった時も、あきらめずに開き直って、さらに努力を積み重ねてください。
その経験こそが、皆さんにとっての人生の源になるのですから。
GOOD LUCK!

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