蝉の声。

7月も後半に入りましたが、まだまだ梅雨明けの気配はありません。
おまけに今日も肌寒い一日になりました。

学校のすぐ隣には、長い歴史を誇る滝宮神社があります。
駅前という好立地にもかかわらず。敷地内は緑が多く、湧水池には沢山のコイが泳いでいます。
その滝宮神社の森では、朝からミンミンゼミが鳴いていました。
一瞬耳を疑いましたが、耳を済ませると他の蝉の鳴き声も聞こえました。
梅雨はまだ明けていませんが、季節は確実に夏に向かっているのですね。

蝉というと、忘れられない小説があります。
「八日目の蝉」です。
「八日目の蝉」は角田光代さんが書いた小説で、読売新聞での連載後に出版され、映画やドラマにもなり、中央公論文芸賞も受賞した小説です。
この小説は「母性愛」をテーマにしたもので、不倫相手の女児を誘拐した女性の逃亡劇と、その少女の成長後を描いた作品です。
小説も、ドラマも、映画も全て見ましたが、止むにやまれぬ犯罪行為に走りながらも、女性と少女の間で交わされる愛情のやり取りに、胸が締め付けられるほど切ない気持ちになったことを覚えています。
「八日目の蝉」という意味深なタイトルは、小説の中に出てくる2人の会話に出てきます。
逃亡中の苦しさと孤独の辛さに苦しむ中で、誘拐行為を働いた女性が思わずつぶやきます。

「蝉は生まれてから7日間しか生きれない。でも8日目まで生き残った蝉がいたら、その子はかわいそうだよね。    
 仲間はみんな死んでるだもん。」

たった一匹で残された蝉と自分を照らし合わせて、その辛い孤独感がこの言葉ににじんでいます。
逃亡劇はその後も続きますが、物語の後半では、女性の言葉は次のように変化していきます。

「前に、『八日目の蟬はかわいそう』って話したけど、実は違うかもしれない。だって他のみんなは八日目の景
 色を見れずに死んじゃうけど、八日目の蟬が見る景色は、すごくきれいで素敵なものかもしれないでしょ?

残された蝉の孤独感よりも、残されたが故に見えた景色の中に、大きな希望を見出した上での言葉でしょう。
残念ながら、その願いは叶わぬままで終わってしまいます。
ストーリーはもっともっと複雑で深いのでここには書き切れませんが、この台詞の変化が、妙に頭に焼き付いていたために、思わずここに記してしまいました。
地上に出てからの蝉の一生は本当に短く、はかないものです。
これから夏は本番になってきます。
せめてその貴重な鳴き声を、しっかりと堪能させていただきたいと思います。

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