師走。

12月に入りました。
今年も残り1ヶ月です。
新型コロナウイルス感染の先行きが全く見えない中で、今年も終わりとなります。
12月は「師走」とも呼ばれるように、一年で最も慌ただしい月です。
今年はそこにコロナ禍が重なり、心身のストレスは尋常ではありません。
今以上に感染が拡大しないよう、各自でできることを徹底していきましょう。

「師」と言えば、「教師」という職業にもこの漢字が使われています。
私が教師という職業について、今年で22年目になります。
大学卒業後、民間企業を経て教師へ転職をしたのは30才の時です。
幼少時から教師という職業に漠然とした憧れを持っていましたが、その当時の夢は「体育の先生」でした。
小学校と中学校の卒業アルバムにも、その夢が残されています。
その夢が「英語の先生」に変わったのは、高校2年の担任だったS先生の影響によるものです。
S先生は現在、第二言語修得に関する研究の第一人者として、今なお世界的に活躍する言語学者でいらっしゃいます。
私たちの卒業と同時に学校をお辞めになり、留学して研究を続けられた素晴らしい先生です。
もちろん当時の私は、S先生がそれほど高名な方とは全く存じあげず、あくまでも担任の先生との認識しかありませんでした。
そんなS先生の姿に憧れて、私が英語教師を目指したかというと、実は事情は全く違います。
S先生の授業は本当に楽しく有意義で、当時から読む・聞く・書く・話すの英語4技能に力を入れていた授業でした。
中でも多読=リーディングに特に力を入れていて、3年間でかなりの数の英文の副読本を読まされました。
もっとも当時はそれが苦痛なときもありましたが(苦笑)。
英語への興味がますます高まり、大学で本格的に英語を学びたいと思ったのは、間違いなくS先生の影響によるものです。
ただ、私にはどうしても許せないS先生の「くちぐせ」があったのです。
そのくちぐせは「ま、いいけどね。自分で自分の首を絞めているんだから」というものでした。
質問に答えられなかったとき、宿題を忘れたとき、やる気なさそうに授業を受けているとき・・・。
常にそのくちぐせが耳に飛び込んできました。
投げやりなその言葉を聞く度に、私は凹み、やる気を無くし、腹を立てたものです。
それは私の周囲の友人も同様で「なんて嫌味な先生なんだろう」と授業の後によく愚痴を言い合ったものでした。
その言葉を頻繁に聞かされていた私は「こんな言葉でやる気を無くさせる教員には絶対ならない」と心に誓いました。
正に「反面教師」としてS先生をとらえ、「言葉で生徒をやる気にさせる英語の教員」になると強く思ったのでした。
しかし、今思うと本当に恥ずかしい話で、穴があったら入りたいとはこんなときにいう言葉なのでしょう。
「親の心子知らずで」、S先生が本当に伝えたかったことを、当時の私は全く理解していませんでした。
生徒にやる気を無くさせるどころ、自分で気付かなければ絶対に伸びない、ということを伝えたかったのだと思います。
大きな声で叱責したり、逆に見過ごすのでは無く、「自分で気付きなさい」との思いが込められた言葉だったのです。
今の私にはS先生が伝えたかったことが、嫌というほど分かります。
教員生活が長くなればなるほど、S先生の言葉が胸に突き刺さってきます。
そんなS先生の愛情にあふれた言葉は、今、私の支えになっています。
生徒の「やる気」にどうやって火を付けるのか・・・。
今なお正解にたどり着けていませんが、当時の自分の気持ちを忘れずに、これからも試行錯誤を続けていきたいと思います。
S先生への感謝の気持ちを思い出させてくれた「師走」の始まりとなりました。

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