沖縄に思いを寄せて。

5月15日日曜日です。

今日5月15日で、沖縄が日本に復帰してから50年となります。

復帰後長い年月が経つように感じますが、現地には基地問題をはじめ今なお様々な問題が残されているようです。

沖縄県には現在、31の米軍専用施設があります。

その数は全国に点在する米軍専用施設の約70%に相当します。

現在も基地移転問題は継続していますし、米軍兵による残念で悲しいニュースを耳にすることもあります。

内地の人間が無責任に言えることではありませんが、そうした問題が一日も早く解決することを心より願っています。

私も沖縄にはプライベートや修学旅行の引率を含めて、10回以上行ったことがあります。

海の美しさや食べ物の美味しさはよく知られていることですが、私が沖縄で一番好きなところは「人のやさしさ」です。

沖縄には「いちゃりばちょーでー」という言葉があります。

沖縄の方言で「一度会ったらみんな兄弟」という意味で、初めて会った人にも気さくに優しく対応してくれます。

それを実感したエピソードは数え切れないほどあります。

また機会があればどこかで紹介しましょう。

沖縄には私が大学時代に一番親しくしていた友人がいます。S君です。

まさに「ちょーでー」と言いたいほど、今でも付き合いは続いています。

と言ってもたまに電話をしたり、メールをしたりする程度ですが、S君のことを忘れたことはありません。

何度か会ったことのある私の父親とも交流があり、私の知らないところで連絡し合うこともあるようです。

大学を卒業してから30年以上経つにもかかわらず、変わらず付き合っている数少ない友人です。

S君は沖縄で公立高校の教員をしています。

大学入学当初から教員を目指していました。

親しい友人で同級生ではありますが、S君は私よりも5才年上です。

そうです、5年遅れて大学へ入学してきたのです。

高校卒業後に就職したものの、一念発起して大学へ入学するほどガッツのある熱い男です。

ラグビーのクラブチームで一緒にプレイしたり、バイトも一緒でした。

遊びも勉強もほとんど一緒でしたが、教員採用試験に向けて一緒に勉強したことをよく覚えています。

ひと足早く沖縄の教員採用試験に合格していたS君に続いて、私も埼玉県の教員採用試験に受かることができました。

しかし、私は教員と一般企業への就職にずっと悩んでいました。

このまま教員になるべきか、一般企業を経験してから教員になるか。

自分の中でも答えは行ったり来たりしていました。

私の両親には両親なりの希望もあったようですが、私の決断を優先してくれていました。

最終的な結論を出さなければいけない期日が近づいたとき、私はS君に意見を求めました。

S君はすでに教員への道が決まっていたので、私にも同じ道を進もうと言ってくれるものと期待しながらの相談でした。

彼の答えは違っていました。

「お前の好きにすればいい」

その時は突き放された感がいっぱいになってしまい、正直ってその言葉をそのまま受け取れませんでした。

しかし、しばらく経って考えてみると、実に温かく、ありがたいアドバイスだということに気付きました。

おそらく、S君は私の中の葛藤に気付いていたのでしょう。

その言葉に秘められたS君の思いは、今でも忘れることができません。

最終的に私は一般企業への就職を選び、8年間勤務しました。

その後ご縁があり、本校に勤務することになり、現在に至っています。

もしもあのまま教員になっていたら、今ここにこうした文章を残すこともなかったでしょう。

一見すると遠回りをしてきた人生かもしれませんが、一般企業での経験は間違いなく、今の私の原点になっています。

あの時のS君のアドバイスが違ったものだったら、今とは異なる教員になっていたかもしれません。

どちらがよかったのか、その結論は永遠に出ませんが、私は正しい選択であったと信じていきたいと思っています。

S君、これからも学校のため、生徒たちのためにお互いに頑張っていこう!

そして、ありがとう!これからもよろしく!

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