原点に戻る。

5月30日月曜日、新しい1週間の始まりです。

昨日に続いて暑い一日になりました。

今日から今年度の教育実習が始まりました。

本校では毎年この時期に、教育実習生を受け入れています。

その大半は本校の卒業生ですが、付属の埼玉工業大学から学生を受け入れる場合もあります。

今年は例年よりも少ない実習生の人数ですが、3週間または4週間という時間を充実したものにして欲しいと思います。

私が教師という職業について24年目。

この職業の難しさとやり甲斐を日々感じつつ、あっという間にこの年齢になってしまいました。

生徒のために何かをしようと思えば、際限なくやることがあるのが教員という職業です。

大変さを感じることは少なくありませんが、これほど尊い仕事はないと思います。

生徒たちの未来を共に創っていけることに、大いなる喜びを感じています。

そんな私の考えを大きく揺るがす文章に、先日ある本の中で出会いました。

本のタイトルは「友だち幻想〜人と人とのつながりを考える〜」(ちくまプリマー新書)です。

作者の菅野仁さんは、宮城教育大学の教授で、社会学を専攻している方です。

たまたま自宅に置いてあったので、手に取って読んでみました。

友達や家族といった人間関係はもちろん、同調圧力など思春期の高校生の心情について書かれていて、とても参考になる本でした。

その第5章のテーマは「熱心さゆえの教育幻想」でした。

一部抜粋して紹介したいと思います。

 

私は教育大学で教えていますが、将来教員になる学生たちにいつも言うのが、「生徒の記憶に残るようなりっぱな先生をめざすことは、必ずしも必要ない」ということです。

学生の中には、「すばらしい恩師に出会ったことがきっかけで教師の道を志しました」という人が結構います。

だから「そんな先生になりたい」と。

(中略)

私から言わせれば、先生というのは基本的には生徒の記憶に残ることを求めすぎると、過剰な精神的関与や自分の信念の押し付けに走ってしまう恐れがあるからです。

だから生徒の心に残るような先生になろうとすることは無理にする必要はなく、それはあくまでもラッキーな結果であるくらいに考えるべきで、ふつうは生徒たちに通り過ぎられる存在であるくらいでちょう

どいいと思うのです。

自分が受け持ったいろいろな生徒のなかで、とても幸運なことに「ああ、あの先生よかったな」と記憶に残してもらえたならば、それはもうラッキーこの上ない、満塁ホームランみたいなことなんだというくらいの構えでいいと思うのです。

(中略)

それこそ金八先生みたいなタイプこそあるべき先生だというのは、ちょっと違うんじゃないかなと。

学園ドラマの先生のようなことをやろうとすると、生徒の内面を無理矢理いじることになるから、それはとても危険なことなんだよ、ということを学生たちには伝えています。

最低限、「ああいう先生にだけはなりたくない」というマイナスな形で記憶に残るような先生、生徒の意識に一生消えないような嫌な記憶を残すような先生にだけはならないことの方が、よっぽど本質的で大切なことなのです。

 

この文章を読まれた方には、さまざまな意見があることと思います。

その考えは大切にしていただきたいと思いますが、私にはこの文章が深く突き刺さりました。

「思い上がるな!」「謙虚になれ!」と頭から水をぶっ掛けられた思いでした。

私ももう一度原点に戻って、一日一日を過ごしていきたいと思います。

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